高が給食、されど給食

去る9月、Amazon Prime Videoで『おいしい給食(season1)』と『劇場版 おいしい給食 Final Battle』を妻と見た。そして現在放送中の『おいしい給食 season2』も妻とAmazon Prime Videoで視聴している。

1980年代の中学校を舞台に「給食絶対主義者」の男性教師甘利田幸男(市原隼人)と「給食マニア」の男子生徒神野ゴウ(佐藤大志)の給食にまつわる闘いを描いた学園グルメコメディ(Wikipedia『おいしい給食』より引用)
<時代背景>
season1 (2019年放送):1984年夏
season2 (2021年放送):1986年夏

season1からseason2まで2年経過しているので、神野ゴウ役の佐藤大志くん、声変りして随分と大きくなったなぁ。

音楽は昭和を相当意識したのか、season1の常節(とこぶし)中学校校歌は、軍歌「愛国行進曲」に酷似しているし、season2の黍名子(きびなご)中学校校歌もどこかで聴いたことがあるような曲で、給食中はポール・モーリアの曲をモチーフしたBGMが流れる。

ところで、甘利田幸男はseason1、2のエピソード1でこうつぶやいている。

season1

私は給食が好きだ。
給食のために学校に来ていると言っても過言ではない。
何故なら、母の作るご飯がまずいからだ。
うちの家族は、頑張っている母を傷つけないように、
「おいしい、おいしい」
と、食べる。
たまに出前になった時、父は涙を流して喜んでいる。
だから、給食は私にとって一日で最も充実した食事だ。

season2

私は給食が好きだ。

給食のために学校に来ていると言っても過言ではない。
何故なら、母の作るご飯がまずいからだ。
が、故に、給食は私にとって一日で最も充実した食事だ。
だか、そんなことは決して周りには知られてはならない。
教師が生徒以上に給食を楽しみにしているなどと知られたら私の威厳は失墜する。

甘利田幸男は、母の作るご飯(料理)がおいしかったら、給食にそこまで情熱を傾けることはなかったのかな。なお、season2のエピソード4で神野ゴウも家の食事より給食が好きなことを言っている。

さて、わたしは小中と給食だった。小学時代には甘利田幸男と同じように机の中に献立表を入れていた男子生徒が何人かいたのを覚えている。午前の休み時間に献立表を見て、給食のメニューを確認したりしていたが、彼らも甘利田幸男のように母親が作るご飯がまずかったのだろうか。それとも神野ゴウのように「給食マニア」だったのだろうか。

通っていた小学校には給食室があり、この小学校の教職員と生徒のためだけに作られていた。しかし、中学校には給食室はなく、近くの小学校で作られた給食が配送されていた。

小中同じ市内だったので、変わり映えのしない献立の給食だったが、わたしは中1の時、給食が見た目も味も落ちたと感じ、小学校の時の給食が食べたいと思ったことが幾度となくあった。

現に「おいしくない」「まずい」と、吐露する生徒もいたが、小学校の時からこの給食を食べている生徒が気の毒な境遇に思えた。

給食は「高が給食、されど給食」だ。

給食で好きだったのは、ソフト麺&ミートソース、クリームシチュー(ホワイトシチュー)、焼きそばだったが、「え~今日の給食はこれかぁ」と、胃袋がネガティブになるような給食はなかった。

カレーライスは、わたしはふーんだった。
小学校低学年の頃は、
「かれー(辛い)!」
と、大袈裟に言って食べる生徒もいたが、あれはカレーを食べたときのお約束を言ってみたいジェスチャーだろう。ちっとも辛くなかったし、ご飯もイマサンだった。

6の時の担任(男性)は、ソフト麺&ミートソースが大の苦手だった。わたしからするとなんで嫌いなのか不思議でならなかったが、ひょっとしたらソフト麺もミートソースも決して口には出来ないモノを連想したのかな。結構神経質な先生だった。生徒には残さず食べるよう指導していた手前、この給食の時は真っ青な顔をして食べるか欠食していた。

鯨の竜田揚げ。鯨肉を食べたのは給食くらい。家庭料理に鯨肉は出なかった。成人になってからも外飲みで出されりゃ食べるが、専門店でない限り、自ら鯨の刺身やベーコンを注文することはまずない。為念、鯨肉アレルギーとか嫌いとかシーシェパードというわけではない。なんとなくである。

コッペパン。妻の小中給食では出たようだが、わたしの小中給食では出なかったので、一度は食べてみたいと思ったものだった。その代わりミルクパンなるものが出された。コッペパンと同じ形状で、ほのかにミルクの香りがした。味は今のかにぱんに似てたかな。

脱脂粉乳。わたしが小学校入学したときは既に瓶の牛乳だったが、2年前までは脱脂粉乳だった。一度でいいから脱脂粉乳を飲んでみたいと思った。小学校低学年の時の牛乳の乳脂肪分は2.6%だったか2.7%で、小4の途中から2.8%になったと思う。そして、中学給食になったある日、
「あれ、牛乳が濃くなった」
と、感じたときでも3.0%だった。今からすると薄っちゃげた牛乳を飲まされていたんだなぁ。

マーガリン。小4の途中まで銀紙に包んだ固形だった。冬はなかなか溶けなくてね。パンに塗るのに一苦労した。給食前には銀紙に包まれた固形マーガリンを教室の窓辺に置いて、直射日光で少しでも柔らかくすることもやったがあまり効果はなかった。ビニール袋に入ったペースト状のマーガリンになってからは指でぷにゅぷにゅ揉んで柔くしたり、温かい汁物のおかずの時は、皿の下に置いて柔らかくした。

あのガリガリで青みが残った成長しきれていない若いトマトはなんだったんだ?

月曜日や祝日翌日の食パンはパサついていて少し硬かった。前の週の土曜日や祝日前日に給食室に食パンを搬入していたからだ。

小学低学年の頃、プリンが出たときはみんな大騒ぎだった。まだまだ甘いものに飢えていた時代だったんだね。

小3の時、わたしの隣の席の女子はプリンをひと口食べるとカップに蓋をして他を食べ、またプリンをひと口食べるとカップに蓋をして他を食べを繰り返し、大事そうにプリンを食べていたことがあったが、わたしはその食べ方にイラッとして、嫌味っぽく、
「要らないんだ」
と、その女子のプリンのカップに手を伸ばしたら、
「ヒィー」
っと奇声をあげ、手をはたかれた🤣

ミルメーク。わたしの小中給食では出なかったが、妻の小中給食では出されたそうだ。妻はミルメークが出た時はもっと欲しくて、毎度給食前に給食室に行っては、
「ミルメーク足りないんですけど」
と、言ってミルメークを貰っていたそうだ😅

給食は三角食べ(牛乳パンおかずの繰り返し)が推奨されていたが、中23の時、同じクラスにそれを完全無視する早食い男子がいた。まず、おかずを全て食べ、次にマーガリンをささっとパンに塗ってもぐもぐもぐもぐと食べ尽くし、最後に牛乳を一気飲みして、5分も掛からずに食べ終わると、机の中から文庫本を取り出して給食の時間を読書で過ごしていた。

頭の良い男子だった。偏差値70は下らない県内有数の進学高校に進学しましたよ。卒業文集には「勉強が好きだ。もっともっと学びたい」ことを書いてあったなぁ。

何でそんな食べ方をするのか聞いたことがあったが、
「時間が勿体ないから」
と、答えた。
「家でもそんな食べ方をするの?」
と、問うと、
「家では普通(三角食べ)に食べている」
と、答えた。

わたしもこの男子のような給食の食べ方をすれば、少しは頭が良くなるのかと真似をしたことがあったが、ちーっともうまくね💨 一度でやめた。


小1の給食でこんなことがあった。

わたしは胃の具合が悪かった時期があり、登校時母から、
「給食の前に飲みなさい」
と、紙に包んだ正露丸3粒を渡されていた。

ある日の給食前、わたしはいつものように手のひらに正露丸3粒を乗せて、教室内の流し台へ行こうとしていたときだった。わたしの後ろではしゃいでいた男子がドンとわたしの背中にぶつかってきて、その弾みで3粒の正露丸が手のひらから飛び出し、まるで高台から海に飛び込むようにして、Aくんの机に置かれた汁物のおかずが入ったアルマイト皿の中に落ちてしまい、彼らは我先にと競い合うようにしてあっという間に皿底に沈んでいき、具に隠れて見えなくなってしまったのだ。一瞬の出来事だった。

まずい💦 この時、Aくんは校庭から戻ってきてなかったが、非常にまずい。正露丸を取りたくても、彼らは皿底に潜り込んでしまったので、どこに潜んでいるの分からず、取ろうにも取ることができない。このことが先生(女性)に知れれば絶対叱られる。それだけは嫌だ。

わたしは誰かに見られていなかったか動揺しながら周囲をキョロキョロと見渡すと、誰も見てないことを確認した。

・・・黙ってよ😑
(心の中では正露丸が溶けてなくなることを祈っていた)

給食がはじまった。Aくんの席は一番後ろで、通路を挟みわたしの席の斜め左後ろだった。正露丸の臭いは独特で不快感を与えることもあるので、わたしはすぐにバレやしなかと、ドキドキしながらも素知らぬ顔で給食を取った。

そして、給食中盤くらいに一度だけAくんをチラ見することにした。一度だけにしたのはチラ見ばかりしていると却って怪しまれると思ったからだ。Aくんは何事もないようにモグモグと給食を取っていた。

わたしは、きっと正露丸は溶けてしまったか、他の具に紛れて一緒に食べちゃったんだなと少し安心して、給食を取り続けた。

ところが、もう少しで給食の時間が終わるという時、突然Aくんが、
「ん゛ーーー!?」
と、尻上がりの唸り声をあげたかと思うと、目ん玉をひんむいて、
「藤散人〜正露丸入れたろぉ!」
と、口をもごもごさせながら荒げた声で言ってきたのだ。

Aくんが正露丸を奥歯でうにゅっと噛み潰して分かったのか、それとも口中が正露丸味になったのかは知らないが、慌てたわたしは咄嗟に、
「入れてねーよ!」
と、否定した。

すると、Aくんは口中でもごもごしていた物をゴクンと飲み込むと、
「入れたね!」
と、言い返してきた。

それからは、お互い小学校1年生らしく、
「入れたね!」
「入れてねーよ!」
だけの言い合い合戦になったが、最後はAくんが強情に否定するわたしに圧倒されたのか、
「ふーぅ・・・もういいよ。でも、絶対正露丸入れたね😤」
と、言って、諦めて退いてくれたのだ。助かったぁ。

恐らく、みなさんはわたしのことをひでぇーヤツだとお思いでしょうが、決してわたしは故意に正露丸をAくんの皿の中に忍ばせるような悪事を働いたのではないのです。わたしは入れてないのです。不可抗力により入っちゃったのです。言わばわたしも正露丸を飲むことができなかった被害者だったのです。小1の子供が大の大人の先生に叱られのは、とーってもコワイコワイ😱 ご容赦ください。

さて、わたしは小学校で毎週末帰りのホームルームで配られた翌週の給食の献立表は、必ず家に持ち帰り母に渡していた。それは、献立表を無くして母に叱られたこともあったからだ。

確かその時母から、
「献立表がないと、夕食は何を作ればいいか困るでしょ。先生に無くしたことを話して、貰ってきなさい」
と、言われ、わたしは翌週先生に事情を話し、再度献立表を貰ったと思う。

母は給食の献立表を見て、揚げ物・煮物・汁物等の料理や食材が重ならないように、偏らないように夕食を作ってくれていたのだ。

給食も家庭食も食育は大切ですね。甘利田幸男でなくてよかった。

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