ボンネットバス


 わたしが成人した頃、
「最近のバスはパワーステアリングで楽になったでしょう」
 と、バスの運転手に聞いたことがある。

 すると、運転手は、
「いやぁ、昔の方がよかったですよ。身体を鍛えられましたからね。このハンドルになってからは腕力もなくなりましたよ」
 と話し、続けて、
「運転手はみんな胃潰瘍が元で亡くなるのが多いんですよ。同じ路線を20年も走り続けている運転手もいますよ」
 と、言った。

 なるほど、毎日毎日同じ路線を行き来し、渋滞もあれば歩道すれすれの狭い道もあるし、乗客の命も預かっているわけだから、ストレスも貯まり心労が耐えないのだろう。

 わたしが幼児の頃、自宅附近に新路線のバスが走るようになり、ボンネットバスも数台だったが、まだ走っていた。私はこのボンネットバスがかっこよく見え、母と出かける時に停留所でバスを待って、遠くにボンネットバスが現れるとうれしくてワクワクしたものだった。

 子供だったら誰でもそうだと思うが、私はバスの一番前の助手席側の座席に座るのが好きだった。しかし、ボンネットがある分、車内は箱型バスより狭く、幼児だった私の座高では前方のボンネットが邪魔をして前方を見ることがほとんどできなかったのを覚えている。

 当時の運転手はみな腕っぷしがよかったことだろう。道路を左折するときの運転手は右足でアクセルペダルを踏み、身体を中腰にして両脚でふんばり、バワステのないハンドルを「いよっ」と、力強い腕で回していたのを覚えている。

 そして、それからしばらくしてボンネットバスは無くなった。

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