人が人に惚れる時

 昼食、船橋の赤坂味一へ妻と行った。13時過ぎだったが、店内に入るとソーシャルディスタンスも減った栗もなくほぼ満席の盛況ぶり。店員から、
「お好きな席にお座りくださーい」
 と、言われ、店内を見渡すと、長方形の6人用テーブルの両端に2名が対面に座っていて、その間が空いていたので、通常のフィジカルディスタンスで妻と向かい合わせで座り、中華そばを注文した。

 壁にはいつものメニューが貼られていたが、左側には大きな額に囲われた稀勢の里の土俵入りの写真が飾ってあった。そして、メニューの右側にも稀勢の里の写真が飾ってある。稀勢の里贔屓のお店なのかなぁと思っていると、妻が、
「このメニューの字、行司さんが書いたんだ」
 と、話しかけてきたので、メニューに目をやると、「日本相撲協会 六代 木村玉次郎 書」と書かれていた。

 なるほど、改めて稀勢の里の2枚の写真に目をやると、行司姿の木村玉治郎が写っていた。となると、メニューでなくお品書きと言わなければならないかな。

木村玉治郎 (6代) ※Wikipediaより抜粋
本名:武田雅史、1960年(昭和35年)12月27日生。福島県福島市出身。千葉県船橋市で育ち、小学生時代は野球やサッカーに親しみ、相撲にはあまり興味はなかったが、6年生の時の九州場所をたまたまテレビ観戦した際、4代木村玉治郎(のちの27代木村庄之助)の姿を見て以来、4代玉治郎にあこがれるようになった。
その後、4代玉治郎が立行司に昇格し、23代式守伊之助を襲名した際には、わざわざ蔵前国技館(当時)まで足を運んでいる。この時、生で彼の姿を見たことがきっかけとなり、直接手紙を書いて弟子入りを志願。中学校卒業後、立浪部屋に入門。晴れて彼の弟子となる。

 15歳で自分の道(職業)を決めるなんて、人が人に惚れる力ってすごいね。

木村玉治郎 (6代) - Wikipedia
赤坂味一 (京成船橋/ラーメン)
★★★☆☆3.70 ■予算(昼):~¥999

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